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<title>知の統合プロジェクト</title>
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<description>第２回フォーラムのお知らせ
開催日：2007年12月7日～9日
開催場所 九段下(東京イタリア文化会館） 
http://www.acejapan.or.jp/forum/uhip_2007.html</description>
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<title>第２回フォーラム　報告書</title>
<description> 事務局より報告書が届きました。 パンフレットだったので、ＯＣＲかけて、ＰＤＦにしてあります。 http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/ace/2007/UHIP2.pdf
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<![CDATA[ 事務局より報告書が届きました。 <br /><br />パンフレットだったので、ＯＣＲかけて、ＰＤＦにしてあります。 <br /><br />http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/ace/2007/UHIP2.pdf<br /> ]]>
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<dc:subject>第2回：次世代文化フォーラム</dc:subject>
<dc:date>2008-03-16T07:58:12+09:00</dc:date>
<dc:creator>platoteles</dc:creator>
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<title>フォーラム一日目</title>
<description> riceさんのＭＩＸＩよりコピペ１．J.ピエール・シャンジュ　の講演（の内容） ●美しいものの特徴：１．自然界に見られる対称性（シンメトリー）　 　　　　　　　　　　２．知覚者による対象の象徴化（シンボリズム） 　　　　　　　　　　３．芸術的な作品の発見 ●脳や心はインプットにアウトプットを還す単なる機械ではない。もっと複雑なものである。 ●子供の頃の発達過程の学習は、シナプス結合がされていくだけでなく、不要な
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<![CDATA[ riceさんのＭＩＸＩよりコピペ<br /><br />１．J.ピエール・シャンジュ　の講演（の内容） <br /><br />●美しいものの特徴：１．自然界に見られる対称性（シンメトリー）　 <br />　　　　　　　　　　２．知覚者による対象の象徴化（シンボリズム） <br />　　　　　　　　　　３．芸術的な作品の発見 <br /><br />●脳や心はインプットにアウトプットを還す単なる機械ではない。もっと複雑なものである。 <br /><br />●子供の頃の発達過程の学習は、シナプス結合がされていくだけでなく、不要な結合を排除していくことによってもなされている。 <br /><br /><br /><br /><br />２．ニコラス・ハンフリーの講演（の内容） <br /><br />●人が持つ美への欲求の起源は、進化論的に考えて、性的なものであろう（異性は美しい） <br /><br />●芸術作品は、アーティストが作ったものだから美しいのであって、コンピューターやチンパンジーが作ったものだと知ったら騙されたと感じる（美の感じ方には社会的・対人的な刺激が影響する） <br /><br />●人が、人工的な建築物と自然の風景の両方に「美」を感じるのは、そのような「画（風景）」がどちらもこの世界の（法則的）秩序を表しているからである。 <br /><br /><br /><br /><br />３．対談（のテーマなど）　 <br /><br />（参加者：J.ピエール・シャンジュ、伊藤正男、デヴィッド・フリードバーグ、ニコラス・ハンフリー、ジャン・ピエロ・イアコベッリ） <br /><br /><br />●「美」は倫理的な熱情である（フリードバーグ） <br /><br /><br />●デュシャンの泉やアンディ・ヴォーホルの作品などは芸術作品であることは確かだがあれは美しいといえるのだろうか？ <br /><br />⇒　それらは、芸術家の能力・才能を示す作品であって、「美しい」とはまた別なのではないか <br /><br /><br />●科学（者）と芸術（家）の共通点と相違点は何か？ また、芸術（or美）と科学の社会的な機能は何か？ <br /><br />⇒　○どちらも、基本的には他者からのリスペクトを得るため（ハンフリー） <br />　　○科学と芸術は、もっと明確に役割が違う（シャンジュ、イアコベッリ） <br /><br /><br />●美に文化的な普遍性はあるのか？ <br /> ]]>
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<dc:subject>第2回：次世代文化フォーラム</dc:subject>
<dc:date>2007-12-22T12:42:17+09:00</dc:date>
<dc:creator>platoteles</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>フォーラム２日目</title>
<description> フォーラム２日目行ってきました。１伊藤：メンタルモデル　内部世界　世界のミニチュアが脳のなかにある。 思考は、アクションである、 思考：選択、目的　最近相互にさるでも循環していることがはっきりわかった。では、サルは思考するのか？ 以前の無意識：フロイトに代表される。 認知的無意識（サブリミナルのときなど） 最近は、新しい無意識が注目 クリックによれば 意識モード：遅いが、複雑に思考でき、記憶に残る 無意識
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<![CDATA[ フォーラム２日目行ってきました。<br /><hr size=1 /><br />１伊藤：メンタルモデル　内部世界　世界のミニチュアが脳のなかにある。 <br />思考は、アクションである、 <br /><br />思考：選択、目的　最近相互にさるでも循環していることがはっきりわかった。では、サルは思考するのか？ <br /><br />以前の無意識：フロイトに代表される。 <br />認知的無意識（サブリミナルのときなど） <br />最近は、新しい無意識が注目 <br /><br />クリックによれば <br />意識モード：遅いが、複雑に思考でき、記憶に残る <br />無意識モード（ゾンビモード）　早いが単純、記憶にのこらない <br /><br />エイリアンハンド <br /><br />小脳は、無意識のうちに考えることができる。 <br /><hr size=1 /><br />イアコベッリ： <br />知の統合に対し、「バベル」を提唱。 <br />バベルの物語を思い出してほしい。昔言語は一つだった。技術を駆使して、塔を作ろうとしたが、神の怒りに触れ、言語が分かれた。 <br /><br />多様性を大事にした。（統一といっても各エレメントを大事に） <br /><br />美倫理学という言葉を提唱「ＴＲＵＴＨ＆ＥＸＡＰＴＩＯＮ　ＥＳＴＲＡＮＧＭＥＮＴ） <br /><br />無知の知も大事であるが、知を無にすることも大切。 <br /><br /><hr size=1 /><br />対談： <br />１科学と芸術の統合には、無意識（小脳の）がかかわるか？ <br />２統合は、正しいのか？ <br /><br />バベルの例：統合されているものがすばらしいのか？ <br />　　　　　　　　むしろ、複雑なものがすばらしいのでは？ <br /><br />科学は世界を知ろうとしている。 <br />芸術は世界を変容しようとしている。 <br /><br />情動は感じるだけでなく、知ることを助けている。 <br /><br />ダマシオの例：「　　　」 <br /><br /><br />ハンフリー：イアコベッリがさしているのは、モノカルチャーではいけないということだ。 <br />伊藤が言っているのは脳が <br />ピカソは自然を違う形で表すのが芸術だという。 <br /><br />イアコベッリ：人と体は、スピノザによれば、違うものだが、分離して考えてはならない。 <br /><br />ベイトソンは・・・・ <br /><br />伊藤：私もバベルを持っています。ＡＩです。 <br />モーツァルトは、山を見て、交響曲を書いた。 <br />アインシュタインは偉大は発見は非言語的だとした。 <br /><br />シャンジュー：機械には、歴史がない。 <br />科学は善に向かっているか？ <br /><br />プラトテレス：知識を融合することによって善に進むことができる。互いに制御される。 <br /><br />ハンフリー：アメリカの原理主義はＮＯである。一方ゴアはすばらしい。リテラシーをもつ必要がある。 <br /><br />科学が文化にならないといけない。原理主義は時代遅れのキチガイである。 <br /><br />やっと分析から処方にうつりましたね。 <br /><br />つまり教育が大事。 <br /><br />質問１：将来の人の存在と心はどなるだろう？人口とか <br />ハンフリー：制限されるだろう。 <br />質問２：欲求は統一されていくか？ <br /><br />シャンジュー：新規性は、クリエイトの大事な部分だが、「無」からなにも生まれない。 <br />過去の上にある。予期しない合理性を引き出したのである。 <br />アビニオンの娘もそうである。 <br />ポアンカレがイルミネーションと読んだものです。 <br /><br /><br />ハンフリー①教育は大事である。②権威を疑え <br /><br /><br />イアコベッリ： <br /><br />伊藤：倫理の脳科学：「規範がまず必要になる。メンタルモデル・・・」 <br /><br />ハンフリー：６ヶ月の赤ん坊でも人種で集まる。 <br /><br />科学の先には、人間の好ましくない本性があるかもしれない。 ]]>
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<dc:subject>第2回：次世代文化フォーラム</dc:subject>
<dc:date>2007-12-16T09:44:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>platoteles</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>ジャン・ピエロ・イアコベッリ 講演決定</title>
<description> （ローマ大学哲学・社会文化学教授）ジャン・ピエロ・イアコベッリ　が第２回フォーラムに参加します。 大学で哲学、文化人類学を学んだ後、文化評論誌と共同研究を行い、１９７０年からプロフェッショナル・ジャーナリストとして活躍。１９８８年より「技術評論」やイタリア版「ボストンMIT」の論説委員を務める。 ８０年代より、国内外の展示会や万国博覧会のプランニング・コーディネーションを務め、これらのイベントの関連カ
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<![CDATA[ （ローマ大学哲学・社会文化学教授）ジャン・ピエロ・イアコベッリ　が第２回フォーラムに参加します。 <br /><br />大学で哲学、文化人類学を学んだ後、文化評論誌と共同研究を行い、１９７０年からプロフェッショナル・ジャーナリストとして活躍。１９８８年より「技術評論」やイタリア版「ボストンMIT」の論説委員を務める。 <br />８０年代より、国内外の展示会や万国博覧会のプランニング・コーディネーションを務め、これらのイベントの関連カタログを編集する。 <br />近年では、２００５年愛知万博イタリア館のプランニングや、２００６年トリノオリンピックのAUTO-MOBILE A dash that changed life展示のプランニングを行った。 <br />現在、ローマ大学で哲学、コミュニケーション論理学、ファッション・ブランディング記号論、文化作用社会学などを教えている。 <br />また、科学普及や情報社会に関するさまざまな会議などもコーディネイトしている。<br /> ]]>
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<dc:subject>第2回：次世代文化フォーラム</dc:subject>
<dc:date>2007-11-23T12:13:22+09:00</dc:date>
<dc:creator>platoteles</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>考える物質　2章-2数学の精神分析 </title>
<description> 2-2数学の精神分析 シャンジュー『数学に対するあなたの態度は、考察というより感覚なんでしょうか？』 コンヌ『むしろ直観、苦労して構築された直観ですね。ぼくにとっては実在論と唯物論はまったく両立不可能であるとは思えません。数学的実在の存在を、作業仮説として受け入れる為の代償とは何でしょうか？』 シャンジュー『真の代償とは、いかにしてわたしたちの「認識器官」がそういう性質をもった対象を生み出すかを理解する
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<![CDATA[ 2-2数学の精神分析 <br /><br />シャンジュー『数学に対するあなたの態度は、考察というより感覚なんでしょうか？』 <br /><br />コンヌ『むしろ直観、苦労して構築された直観ですね。ぼくにとっては実在論と唯物論はまったく両立不可能であるとは思えません。数学的実在の存在を、作業仮説として受け入れる為の代償とは何でしょうか？』 <br /><br />シャンジュー『真の代償とは、いかにしてわたしたちの「認識器官」がそういう性質をもった対象を生み出すかを理解することです。』『プラトン的な「実在」を「発見する」という「感覚」は、この問題に関して、まったく内省的であるが故に、主観的な見方にすぎないのではないかと思います。』 <br /><br />コンヌ『我々の議論は「実在」という言葉の定義を巡って行われていますが、ぼくにとって、実在とは、（略）認識の一致と永続性によって定義つけられるものです。』 <br /><br />シャンジュー『それは、十分条件ではありません。ウィチョル族は年に一度キノコを食べて、全員本当に天国に上った感覚を味わいます。ですから「認識の一致」は客観的現実を定義するに十分ではありません。』  ]]>
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<dc:subject>考える物質　ジャン・ピエール・シャンジュー</dc:subject>
<dc:date>2007-11-18T16:27:41+09:00</dc:date>
<dc:creator>platoteles</dc:creator>
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